なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~
 起きるのは大変だし一日上手く動けない日だった。例年冬季は鬱基調になるのだが、その循環気質に入っている様だ。
 出すべき書類、明日の午前が〆切だった…
 ぼんやりとした中だが何とか調子を整えて帰路を流れに合わせて進む。
 本屋に行こうかと思ったが、明後日発売の雑誌あるから、その時にしようと考える。何とも調子が上がらないのだ。
 帰宅。一旦横になり、暫し休む。そのまま眠ってしまうか?と思ったが、Kindleで本を読んでいたら眠りに落ちず、読めたのだから眠りに落ちる方向ではないようだ。という事で起きて之を書く。

 エミュレーター大全というムックを思わず入手し、家庭用ゲーム機(ファミリーコンピュータとか)やアーケード用基板がPC上で再現できるという話をパラパラと見た。就職前にゲーム機を所有したことは無いが、大学時代に悪友と泊まり込んでというより溜まり込んで随分とやったことがある。就職してからとあるハプニング、或いはサプライズの資料とするためスーパーファミコンを借りたり、のちにプレイステーション無印を入手した。スーパーファミコンは良く出来たハードかもしれないが、ファミコンの機能をギリギリ拡張していった破壊的なまでのチャレンジ…メモリのバンク切り替えとか…の様な事をしなくても余裕のある機材の余裕にかまげてないか?となんだか感じた。それに比するるとプレイステーションは3次元座標変換をぐりぐりやってしまう、全く異次元の次世代、という物を見せられた感があった。
 時間を巻き戻すと、ファミコンと共にゲームというと、NEC、富士通、シャープの御三家と共にMSX(松下、ソニー、その他と揶揄された、Microsoft Xという統一規格8bitコンピュータ)があった。今回、何となく「偉大なるコナミのMSXゲーム伝説」(MSXアソシエーション)を読んでみた。ゲームの思い出話本である。確かにゲームは面白いが、私は其のブラックボックス性…プログラムも組めなかった頃だけど…その仕組みはどうなっているのか?という事により強く興味を持ち、それでもどうも性分として実体のないプログラムで動くコンピュータには興味がイマイチ持てなかった。でもMSXにはキーボードがあり、自分で何かできる事も確かで、何かやってみたいな、と思って居た。高校生から浪人中くらいだったろうか。技術的なことは本書には全く無縁だったが、系譜を知ることが出来たのは、「教養としてのゲーム史」(多根清史・ちくま新書)以来で、何か楽しく感じられた。
 例えばオリンピックを再度!で在りし日の経済成長は望めないし、遊ぶ事の無かったMSXシリーズのゲームはあの頃のチープだけど故に創造を喚起させる、そんな感覚を再度ってのも無理だろう。だが、大学に入る前のうつうつ・ふつふつしていたときをふと思い出すのには、良いんじゃないかな、と思ったりした。私自身は中古のFM-new7を入学祝で買ってもらい本や雑誌のプログラムを打ち込んだり、稚拙なものを組んだりしていた(そのスキルで今も研究しているのが怖い)。が、MSX2の方が安くてプログラミングも色々で来たかもしれなかったと今にして思う。キーボードに触れただけの頃をふと刺激される感があって、MSXのエミュレータ、とあると、思わず入れてしまいたくなる。でも待て、何を打ち込むんだ?と考えると、手が出なかったりする。何にせよ、混沌とした甘味さを感じるのだ。
 そして現在、レトロPC、レトロゲーム店であるBEEP(秋葉原のビルの地階にある、実際にして如何にもアングラな店である)ではリファービッシュ品のMSX系統のPCが売られたりするようになった。上述の本ではゲームは割と手に入るような記述だが、レトロゲームソフト店・スーパーポテト(秋葉原のビルの3-5Fを占める半分アングラ感があり、5Fは在りし日のアーケードゲームが出来るそうだ)にはそれ程売られておらずだが、専門店があるのだろうか?目的云々を考えると、意味は無いのだが、何か燃えるものを感じるのは事実。
 ゲームプレーヤーとしてはやっても現役でもないが、青春の思い出って奴か?いつも以上にまとまりがない。

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【2021/02/18 21:13】 | 徒然
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