なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~
 朝起きられず、随分と遅くなる。兎も角出勤した。
 そこから調子を上げて…と行きたいところだが、どうも調子が違う。プログラムコードが上手く読めない。自分の書き方が悪いのだが。何やかやの内、午前が終わる。
 調子を上げようという事で、昼は濃い味のタンメンを頂きに行く。そして歯ブラシを買いに寄ったつもりがドラッグストアで別件の買い物をして帰ってから気づく、後の祭り
 当初乗れなかった午後一だが、ふと気づくとコードが読める。結果の詳細をみて、む?なところを発見、やってみると「ああそうか」な結果が得られた。一応一通り数字は出たが、これで満足は出来ない。もう一回バグを探してみる必要がある。…が、変な燃え方をする中でもありそうで…週末を冷却時間としたい。
 その後業績評価関係の書類を見て、いい気分にならないうちに時間が過ぎ、遅めの退出、帰宅となる。

 物語の必然性とはどんなものか?と言う事を荻原規子の自伝風のエッセイをつまみつつ悩んでみたりする。
 女史はじめ、当時の作家諸氏が子供の頃に「ナルニア国物語」等に強く影響されたと言う話を読むのは、複数あったと思う。気合が入って原本を読んだ言う話はこの四半世紀以内の谷山浩子女史だった覚えがある。他にはヤンソンの「ムーミン」シリーズをフィンランド語で読むと言う強者も現れたことも昔ネット媒体で読んだが、まあ置いといて。私自身もナルニア国物語が基礎ならと、オリジンを知るべく1冊目を読んだ。後に映画化されるが読んだのはそれ以前で、感想としてはどう捉えると物語的には木に竹を接ぐとはこういう事か?と思えてどう感動し萩原女史は「空色勾玉」(既読)を書かれたのかと謎が深くなった感が強かった。妻は映画版を見たのだったがやはり「なんじゃこれ」と言っていたから、私は必ずしも外れた感性ではないのかもしれない。まあ、何で光学の本を読んで生態学や肥料学をやる研究者になったかも筋は外れているから、人の感動とは思わぬ多様な結果を産むのは、放送大学である先生が勝手に名付けた「生態学的ブーメラン効果」(ある因に対し思わぬ果が現れる)のようなものなのだろう。
 時代が違うから、と言うのはあるが、ナルニア国に対し、萩原女史は、日本を舞台にしたハイファンタジーがない事に対する回答的な作品として勾玉三部作を著したそうだ。私自身は歴史に疎く、民衆史など知る由もない時代を舞台にした処女作「空色勾玉」だが、私にはするりと物語に入り、流れるような文体とそれに乗った早い展開は勿論、その筋がとても優れた物語であった。
 こういう理解は背景にある文化やその中での自分の考え・価値その他があっての事か、或いは真っ新なうちにのみある何かの感性なのか?とも考えたりする。それは年齢や価値や人格の固まり方ではなく、空白地帯というか全く違うもの、価値に対する驚きであったりするのではないかとも思える感がある。悪いたとえになるが、神聖さも英知にも全く欠ける質の悪い新旧問わない集金宗教に対する免疫の無さ、オウム真理教とかにコロッと高学歴と言われるヒトタチが嵌ってしまうのと同じ構造が、優れたファンタジー世界への沈溺にもあるのだろう。
 人がどんなものに嵌るかは、その人によって異なる。国内報道では国際的にとても受けたとされるJ.K.ローリング女史のハリーポッターシリーズや同時期に売り込まれたダレン・シャンシリーズだが、私にはいずれも恐ろしく安っぽい所謂クソゲーのシナリオを読まされた気分でしかなかった。勿論、その道に神ゲーもある訳で「空色勾玉」は私には優れた作品である。まあ、世のベストセラーに何回も食わされてきた私にとって、であって、余り汎用性はないと思う。誰が書いたかを重視する人は多いが、何を書いたかに重きを置く人=例えば私は、少ない。お好きな人はお好きにどうぞ、というだけ。カルトな嵌り方だって好きにすればいいし、私にもそういう作品はある。が、ごり押しするのはカルト信者でしかない。

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【2021/02/03 19:01】 | 研究
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