なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~
 今日は在宅勤務なのだが、気が緩い感じでなかなか集中できない。論文を見て読んで、書いて…という事がなかなかできない。午前は這う這うの体で終わり、昼食をとった後調子は出るけど空転するという謎の状態…。
 軽い頭痛を持ちつつ、定時を過ぎたら近くのユニクロに行き、安売りのボトムとシャツを買い、この辺りでは一番であろう大きな本屋で色々と本を見る…だけでは終わらず、3冊。

 調べてみて、赤瀬川原平氏の逝去は2014年と確認した。その当時銀塩フィルムを使うカメラはもう既に趣味の機材となっていたが赤瀬川氏はまさにその趣味に殉じて銀塩カメラと共に去って行った感がある。懐かしさというより振り返った時のモニュメントとして、Amazon経由の古本の通販で発注していた赤瀬川本、失ってしまった「カメラが欲しい」(1983)「老人とカメラ」(2003)、新規の 「ちょっと触っていいですか」(1998)「中古カメラの愉しみ」(2003)を入手する。「ちょっと~」が「老人~」より古いのは知らなかった。2000年を過ぎてから本の爆買い(?)に入ったので、その直前、八重洲ブックセンターに通い始める前で、行って三省堂だったような。昔八重洲ブックセンターは土日短縮だか休業だったと聞いた覚えがあったため行っていなかったのだ。秋葉原も駅前に空き地!があり駅舎も小さくて電気街口から降りるのが非常にきつかった頃だったと思う。当時はサブカル・オタクではなく未だ電気街でソッチ系の人と店に醸された街という感じがあった。まあその辺は置いといて…
 1998年当時はデジカメの黎明期、一般消費者が買えたかもなデジイチ・Nikon D1が出たのが99年で、コンパクトじゃないデジカメはあったと思うけど玩具みたいな解像度だった。悪友たちが結婚し始め、カメラマンをしていたが、多分人生初のズームレンズを入手し、ズームのテンポにはAFが必須だな、と感じてNikon F70というニコンらしからぬ感触のAF機を新橋で入手した頃だろう。
 が、5年後の2003年には自分でも買えそうな価格のデジタル一眼レフのキヤノンEOS Kiss Digitalが出て、以降一眼レフ世界もデジタル化が一気に進んだと思う。中古市場はまだまだ銀塩だったが、AFが主体。私は2005年にペンタックスistDsを購入した。が、AFが余りにお馬鹿で次の年にはニコンD80へと再度ニコンに戻った。
 その後も赤瀬川氏はカメラ雑誌で銀塩カメラ、特に骨董性のありそうな「こんなフォーマットのフィルム、まだ売ってたの!?」と思うようなフィルムを使うカメラの味わい方等をエッセイ式に書いていた覚えがある。自分がデジタルに移行して、2010年からはフルサイズのD700となって、重さ以外は銀塩カメラと同じ扱いが出来るようになったが、そんな時でも氏のエッセイは「分かるなぁ」と思い、時々高1の時買ったNikon FMをたまに弄ったりしていた。
 デジタルと銀塩ではプリントして出てくる絵は解像度云々ではなく、絵その物が全く違う。フィルムを手に入れるのは金額的にもつらい額になったし、何よりいま手元のNikon FMはモルトを交換してやらないと駄目だ。現実的には今も持つ銀塩時代のマニュアルフォーカスのレンズたちをマウントアダプタを介してNikon Z6で撮影して感覚を戻さないと使えたものではない。或いは、このコンセプトでこのカメラを出せるのはニコンだけ!な中古も高価なNikon Dfを手に入れるか?いやいやそれは無い。
 ハードウェアを揃えたって、時間と時代は戻らない。
 どうすると楽しめるか?その方法は書籍の中でパブリックになっても、やはり内在するものが何かというもんだになるんじゃないだろうか?

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【2020/07/15 20:56】 | 日常
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