なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~
 がー!っと、何をしていたのかと思ううちに1日が終わった。論文は進まない。が、スタイリッシュに書き換えられたとは思う。長い戦いになるな。そう思って居たら、管理職がやってきて、「在宅勤務に備えておいてね」との事。県境を越えて出勤しているからだが、車なら出勤OKかもとも…ちゃんと決めてね、経営層。

 警察官、消防士、パイロットや運転手…私が小学生の頃に男の子が将来なりたい仕事としてトップにあったのは、当時のメディアで流れるのと同様、制服のある職業だった。私は天文学者で、制服仕事になりたいと思ったことは無い。まあ紆余曲折合って大学・大学院時代は生態学を専攻し、学会で生態学では食えないと言う現実を実感し、農学関係で就職する機会があったので、専門と言うより世界を変えて移り住むこととした。ある意味、ドリフトしてきた。もし同窓会があったら皆はどうなっているかには興味がある。「こうなりたい」と言う憧れや意向から、ヘーゲルの自由論のように目標をずらしたり変えたりして目的を達成した時、どうなっているか?
 かくあるべし、から、かくある、に落ち着くまでの変遷はあるだろうけれど、それは人生の話。工業製品には理想形を提示して、それを具現化する、と言う事が可能であり、マーケットから売れるものを引っ張り込むと言う価値観を自社の外から持ってくることもできるが、逆に、こうあるべき、と言う自社の哲学から製品づくりをすることもできる。

 日本企業なのに、マツダはかくあるべし、をやってのけた。車好き、自動車関係メディアでは、そんな認識がされているようだ。

 どういう流れか、マツダ専門雑誌が出ていたし(スズキも出てたような?)、会社の中の人の本も3冊読んだけど、車種別良いしょムックではなく、好適な批評をする本が読んだ以外にも結構出ているのには、どういうモノかと思わないでもない。中古が安く買えたから、この製品にこの価格なら納得できたから(端的には安い)、現在所有するディーゼルのデミオに関しては盛り込まれたエンジン技術にくすぐられたのもあり、就職して以来ずっとマツダ車に乗っている。思うにリセールバリューのためにトヨタ車しか買わないのも、構造的には全く同じだと思うのだが…所謂マツダ地獄ではなく、単純に欲しいと思った車がマツダ車というだけなのだが。巷で5ナンバー・1.5L・5ドア・MTなコンパクトカーのベースモデルで、走らせて面白い燃費のいい車、という条件を当てはめると選択肢は驚くほど少ない。こういう条件で車を選ぶのは余程奇特なのだろう。私がこの条件を設定しているのは、自分の乗り方・走り方とライフスタイルに適合するからなのだが、外部的にはそうは見えないというのは良く経験する。或いは、世間体や自身を誇示する分身というのもかかわるらしい。私には勿論だが、妻にもその辺理解が出来ないようだ。でもどうだろう?故・三本和彦は用途とライフスタイルから車を選ぶことはできるが、それを無視して良い車・ダメな車という判断では選びようがない、という旨を書いていた(NHK新書だった筈)。私には全く腑に落ちる話だ、が?まあ、自分の乗っている車や製造メーカーが持ち上げられるのは悪い気はしないが(今時、日産の社員は可哀想だ)、それは私には本質ではない。

 制服の職業はその制服と共に内容がカッコ良くて社会への露出の多さからも憧れるのだろうか?私にはわからないが、私が学者に憧れたのは楽しそうだから、というだけでしかない。実際楽しいことだが、果たして小学校の頃に憧れた職業を今どう思って今の職業に至っているのか、そんな事を掘って行ったら面白いかな?その中で理想形とリアル。それもまた興味深い物事が眠っていそう。

 あー、何が書きたかった?

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【2020/04/07 19:32】 | 研究
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