なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~
 昨日のメールを見て、朝一発目にメールを返答する。そこで火が付けばいいが、各種原稿の〆切日、発表の予定を来年のカレンダーに書き込んでいく。ストーブリーグは余りに熱いぞ…と思ったが、そこで燻っても火が付かない感じ。先ずは書き物があるでしょ、という事で、書くべき文書を4Kディスプレイに3つ並べてみる…明らかに使い方を誤った感覚かもしれないけど、43インチの等倍表示って、良いね。理由は無いが、その中から何気にアラン・ソーカルみたいな感覚で皮肉も交えて書き始めたミニレビューを書き始めた。明快なプロットではないが、なんだか色々な事が浮かんでくる。これはこれで嬉しいが、本文以上に跋文がとてつもなくリアルと言っては失礼だが、しかし蒐集家にして、素晴らしき読み手、優れた書き手として勝手に敬愛してやまない三中信宏尊師(「進化思考の世界」NHKブックス等、専門書から一般書まで著作多数)の背中が遠くなっていくのもなんか感じて悲しくならないでもない。が、兎も角、興奮を覚えつつ時を忘れて書けたのは有難いことかもしれない。が、そういう時間はそう長くない…
 昼食を摂り、ドラッグストアで非常食!?とビタミンC製剤を買って帰る。外は思った以上に暖かくびっくり。
 午後は燃え始めるのにこれまた時間がかかったが、早くしなきゃ!な書類が1つあった。これを書き込んで、必要とされる論文を添付して送る。一息ついて、気づけば午後もあと1時間ちょっと?と言う時に、少し息を抜き、読み物をパラパラめくり、してぼんやりしたものを不定形のものを覚える。乾燥に飲水、そしてビタミンC。クールブレイクしたらマグカップを洗って頭の中をもうちょっとクリアにして、退出した。

 明日は土曜日、ラジオでは寒くて雨という予報。ああそうですか…救急車を避けた他、危なげは無いと思う運転で帰宅。疲れた感がある。暫し情報を集め、ほっとしたところでこうして今日の記録をしてみる。書ける、という事はまだ元気があるのか?ふと本屋に寄れば良かったか?と思ったが、雑誌2誌を手に入れるかもしれないなら25日でも遅くない、売れ行き上。明日は妻と出かけるのでその経路を確認し、出かけるまでの時間、年賀状を書かなくては…。って今日は…横になってなんぞ読みながらのんびりしよう。外が気温一桁でも家の中は意外と暖かい。今もひざ掛けと小型のホットカーペットで十分。その昔、ジミー・カーター米大統領が部屋ではセーターを一枚着よう、と言ってエネルギー消費を抑える発言をしたそうだが、実行した人の数こそ知らないものの、それで室温を3-5度くらい下げられるので省エネ効果は相当ある、という話が合た。読んだのはもう30年以上前だけど。
 私は記録として過去を記憶しても、どうもそうした過去を美化し思い出に沈溺するという趣味は無いようなのだ。が、同時にお前は何時の時代の人間だ?と言われることはよくある。某農試でコシヒカリに至るその親となるコメの品種を並べて栽培したところを見つつ、つまりは東北の米がなければコシヒカリは生まれなかったのだよ、という試験場の方の説明を継いで、増産一直線の時代に千葉県と新潟県だけが収量より食味を取って指定品種にして、公共事業の力も借りて新潟県を鳥跨ぎ米(鳥も食べない不味い米)から米所にしたんですよね、と言うと、新潟県農試の方が良い顔をしなかった。潟とはどんな土地を言うか、は調べていただくこととして、私的には、これほどの激変を成したこと、特に時代(というか、歴史的には時期と言っていい程度の期間だが)に反したともいえる選択を行ったことは、寧ろ誇るべき英断であり努力と根性の結果だと公言すべきことであると思うのだが。こうした事実を繰る塗するのは、実はさして学業成績に難のなかったA.アインシュタインの子供時代を学業不振の馬鹿扱いしつつ、最後はノーベル賞を受賞し特殊・一般相対性理論を打ち立てた偉人扱いする日本人らしくない発想だと思う。その上、アメリカ亡命後大統領にあって一言目が原爆作りましょう、だったのを広めもしなければ、寧ろ反原爆の英雄と持ち上げるのはいかがか、とか、時系列的に言って変だろう?と思う上に、原爆投下後、その惨状をサンスクリット語を習得しラーマヤーナ(インドの古い物語で原爆みたいなものが登場するそうだ)を原語で読むほどに悔恨したオッペンハイマーを原爆の父と称するのもオカシイ。どっちも覆水盆に返らずな科学者であると私は思う。
 この辺は外来種の朱鷺やコウノトリを天然記念物にするのに通じているんじゃないか?と思ったりするのだが、この辺もやはり私は日本人のモードから離れているらしい。天文学の物語的な本を読んでいると、個人的にはツビッキー氏と飲んだら結構楽しそうだと思う口なので、やはり違うのだろう。農業の再興にはよそ者・若者・馬鹿者を入れろ、という言説は、学位を取ってからもっと自分の世界を広めなくては、と思った頃には広く言われていることだったようだ。しかし現実はどうか、というのは、私の置かれた位置を見てみるとよくわかる感じもする。

FC2blog テーマ:研究者の生活 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2018/12/21 19:53】 | 研究
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック