なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~
"Not even justice, I want to get truth"…現実としては、真実は得られないが、事実の山を得ることは必須である。もしその能力があるならば、戦場と戦争とはなんぞやを筋道立てて考えることもできるだろう。米ソ冷戦の終焉は、平和の到来ではなく国際関係の混沌と危機/危険の普遍化である、とベルリンの壁が壊される映像を見ながら身震いしたものだが、そんな私的考え方は確実に世間とズレている確率が高いことも考えたものである。今更になってという感もあるが、「逆説の軍事論」(冨澤暉・バジリコ)でアメリカ一極から多極化に備えろ、と書かれていることは非常にリーズナブルなことだと私は考える。時代を先取りしていたとは思わないが、あの時の脅威が幽霊から実体に相転換したのは、この本がどれくらい売れたかは知らないが一定の考えを持った人が居ることを意味すると思う。だが、その前段に現代の戦争とはどんなものか、という事を知ることの重要性は、憲法に謳われる権力監視程にも知られていない、という事も身に染みて思う事だ。戦場のカッティングエッジにいるのが、本書の著者やそれ以前にも読んでいた戦争・戦場の現場にいるジャーナリストである、と認識している。それだけに、本書もブッシュシニアの戦争の最中でもバグダッドは家族旅行できるほど安全であったとかは、知った者にしかできない芸当だが、リアリティの追求として、恐るべき情報にして実践であると思った。兎も角、現場を知るにはジャーナリストが必要で、分析可能な脳みそを持った研究者もまた必要だ。読者のマスを見込んでこういった本が出るのだろうが、どんな層かは私にはわからない。だが、平和を希求するなら、世界である事実をまず知ることが必須、と考える人なら、読んでみて決して悪いもんじゃない。

 戦争の正当化が如何に簡単であるか、は、ただ一冊「戦争学原論」(石津 朋之・筑摩選書)でわかるのに、少なくとも私と同部屋のスタッフ(つまりは、農学関係の研究者)が戦後の戦争の正当化の文脈を「戦争学原論」の記述通りにたどっていた。私は注を入れたけれど、多分受け入れていない。
 少なくとも人類学的に見て、過去から近未来に於て戦争・紛争は人間のネイチャーである。ありがたいのは、知る手段が存在し、得られる機会がまだ失われていない事だろう。その上に活かせるかどうかは判らないが、情報が流れ続けることを少しでも認識することから、刷り込まれたネイチャーを寝付かせることが出来れば、それ以上の事はない。

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【2018/07/26 20:42】 | 本・読書
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