なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~
 起きられない朝、乗りきれない昼。食事が弁当屋というので午後にテンションを高められるか?というと、それはどうかなぁ…。でもお茶菓子を買いに外に出て目は覚めた。幾つか調べ物をして、ワークシートの設計を考え、集めた数字をどう納めるか、を統計資料ウィ見ながら考えたりする。専業農家、1,2種兼業農家、畜産農家、耕種農家…それぞれに癖があるからこの辺の切り分けを如何に行うか、を考えないと出てくる結果がトンデモナイ事になる。先ずはどう切り分けるかのデザインを考え、数値情報はあるのでどう使うか?を考える。それはそれで厄介だが、出来る限り存在する数字を使って物事を分けていき、最終的に妥当に思ってもらえる切り方をすることになる。そこに臨んで…形而上の多次元ポリゴンを2次元に落とすには?というのは意外と面倒というと、面倒。でもこれが上手く展開できるとドドン!と話を進められる。その結果がどう出るかを楽しみに進めるのが、自分の研究。統計にはすべてがあるか?というと、実はない。暦を定めることは少なくとも卑弥呼の昔から国の機能であり、欧州に関しては存じないが、日本では明治が始まってしばらく後でないと農業統計は存在せず、肥料に関しては大正になってかららしいが、統計という国力を把握することも、少なくとも近代国家にして、ある程度発展した国が普通に持つ物である。ちびまる子ちゃんの映画に突っ込んだなんかの議員の国家論を一回聞いてみたいものだ。

 研究室は早々にメンバーが帰ってしまったようなので、研究室を閉じて退出。自転車でのんびり駅まで。妙に眠気もあるので本は上手く読めず、眠いまま帰宅。昨日も不意の眠りで10時間は眠ってしまったと思うのだが、やはり東京に出るのは体力を無駄に食う事になるのか、と思うこと多少。自分に用のある店舗の開いている土曜に出かけることにして、日曜は家か妻と出かけることにするのが吉なのかな。
 最近読み終わったのが「農学が世界を救う!」(岩波ジュニア新書)と「21世紀の戦争テクノロジー」(河出書房新社:原題を直訳すれば「科学は戦争を終わらせることが出来るか?」だが)。少なくともキリスト教では唯一無二の救世主、或いはその代弁者が居る設定のようだが、農学の様な複合領域、或いは総合化領域とでもいうのか、社会経済的なことと科学を総合して人為とは何ぞやとか、人間の理解の一部になるのかな?と思うことに手を出したりすると、こうしたともすると無政府的なモノに世界を救わせるか?というのは、アリなのかなぁ?と思ったりする。明らかなのは、EM菌には無理だ、というだけだ。あと、科学に戦争を終わらせられるか、と言うと、評論社の「指輪物語」の1巻にモノ(力の指輪)が歴史を作る事に対する禁忌感や、スターウォーズの幾つ目でC3POが「機械が機械を作るなんて世も末」と言ったが、人為を科学に投げるか?と思ったりはする。本の中では随分と控えめだが、アインシュタインの二の轍は踏むな、或いは相手を考えて(それこそ科学して)モノを言わなくてはいけない、と私は考えて行動しているつもりである。まあ、守る価値があるのか?と国会議員に訊いてみたいが、それは「確認のための科学」と言う奴になるだろうから、私にはシニカルにならざる終えないが。ただ、幸運なのは「21エモン」(藤子不二雄が大昔書いた漫画)のように石油から作った食品を食べることはない、という事だ。

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【2018/04/09 16:24】 | 研究
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