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Lab of Voynich Code

なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~

時間はいつも流れている 

 数字は出るが、なんだか納得がいかないので、その問題がどこにあるのか、をプログラムに求める半日、加熱しても解ける訳ではなく、悩み深いままで、なんか泣ける。
 昼食後、体的に大丈夫だろうか、というのと、風邪予防ならビタミンCか?という事でドラッグストアに行き、帰ってきたが、体力的には何とかなっている感じ。しかし疲れ感は…。午後暫くして職場の集まりがあり、何かなー、って感じで終わった。定時を過ぎていたので、カップなどを片付け、退出。

 車は元気。来月は2回目の1年点検。2年3万キロチョイ超えくらいか。現行型デミオだが、兎も角走らせるのが楽しい。思い通りに動きすぎる、という事ではロードスターを超えるものではないが、少なくともBHファミリア迄の固いだけで腰砕けになる足周りから、絶妙な柔らかさと芯のある固さのスプリング(ばねの巻き数とバネレートの設定が絶妙)とショックアブソーバーの設定がしっかり安心したストロークを生み出し、攻める走りをしてもラグジュアリー感を出すような走りをしても良く、長距離もこの3世代を比べてずっと楽だ。とはいえ、やはり、こういう優等生をきちんと乗りこなすことの奥深さも持っている。ターボディーゼルはATとのマッチングが良い、と言うが、なかなかどうして、MTで欲しい出力を引き出してびしっとコーナーを決める快感を超えることは出来まい。車両全体としての調子的にも絶好調だし。
 アクセルで曲がるようなじゃじゃ馬も征服欲をそそられるけれどね。

 時代の転換点、とはどんなものか、という事を扱うだけで実は本1冊が書ける問題だ、というのを知ったうえでだけれど、科学の道を意識した頃から、素粒子物理学から宇宙の始まりから現在に至る宇宙の大規模構造が分かるまでの歴史がくっきりとしてきたこの10余年は、物理が出来なくて工学部を諦め、生態学や環境科学に移ったけれど、ウォッチしてきた口としてはやはり転換点的な間隔を受ける。勿論、30年以上前から重力波検出装置は設置され、瓢箪から駒で陽子崩壊ではなくニュートリノを先に検出したためにニュートリノ天文学が生まれたカミオカンデがあったのだし、全く驚くような変化が起こっている。
 科学者の一人として言うならば、科学は何時も進んでおり、より強い仮説を考え取捨選択していく過程にある。その中で最大の変化は実は科学コミュニケーターや、サイエンス・カフェ、サイエンス・パブ(バー)による解説や対話、或いは出版界において一線級の研究者がそれを専門としない科学者=市井の科学好きに向けてたくさんの解説本を書いていることが大きいと思う。私自身は単著が無いのであるが、探求や研究過程で考えたことは少なくとも自分をわくわくさせてくれるものであり、この楽しさを多くの人にしてもらいたい、という思いは強い。私が義務教育を受けていた頃からすれば、科学者の顔がよく見えるようになった、と思う。
 勿論、私も何もない所から科学や工学に惹かれたわけではない。百科事典をパラ見したり、科学番組を見たり、その極みに故・C.セーガン(コーネル大)の「コスモス」があり、行き着いたのが故・吉田正太郎東北大学名誉教授の光学と天文学の世界だった。教育云々の本ではなかったが、義務教育機関でも、ある程度の時期に「本物」を見ること、特に生で見ることが重要であるともいう。どの「本物」に動かされるか、それは児童生徒一人一人に違っているから、特別授業は重要枠だと思う。それだけの手駒が必要なわけで、つくば市周辺は理系にはありがたい立地かも知れない。それは研究者になった後の自分にも大切なことだと出前授業をやってよく分かった。
 より多くの人と…となると、これは単著か、という事になるだろう。暑いストーブリーグの中で何かできるだろうか?必ず書く時間を持っている事、が必要だとある本にあったが…なかなかうまく行かないものである。

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コメント

一般向けの研究解説書

はじめまして、香菜子です。

一線級の研究者がそれを専門としない科学者=市井の科学好きに向けてたくさんの解説本を書いていることが大きいと思う。

心から賛成です。玄人の研究者が一般の素人向けに分かり易く研究内容を説明した解説本はまだまだ少ないと思います。多くの研究者の一線級の研究者が自分の研究内容を謙虚に平易な表現で説明すれば、研究者の仕事の価値も正しく評価されるようになるはずです。

一般人からすると、研究者は何かと奇人変人、高慢な宇宙人のように扱われがち。だからこそ、研究者自身が謙虚な姿勢で理解してもらよう努力することを忘れてはならないと思います。

香菜子 #- | URL | 2017/12/17 08:05 | edit

コメントありがとうございます

 個人的に、2001年のBSE騒動で一気に関連本が出版されましたが、食の安全を考えるなら、出版は続くべき、と思っていました。しかし、その後にきちんとBSEを研究者が解説したのは2003年の「プリオン病の謎に挑む」(金子清俊:岩波書店)と、2005年の「プリオン説は本当か」(福岡伸一:講談社ブルーバックス)だけでした。その後もジャーナリスティックに食の安全全般を扱う書籍の一部で記載があった事はあっても、そこに科学者の言は、プリオン説でほぼ片がついているがブルーバックス「程度」に反論本を書くのは時間の無駄、というモノでした。これはある意味社会的責任の放棄だな、と反面教師として出前授業をやったりしたのでした。
 研究の価値を社会に知ってもらえることと、論文を書くことと(英文で有名誌であるとより加点される)、どちらが重要視されるか、というと、後者です。でもそれは実は研究者として基礎代謝部分で、何らかのメディア・コンテンツで社会に発信することが、研究の価値・評価以上に、責任をもっていることを提示する、というより重要なステータス・シンボルになると思っています。
 かといって、福岡伸一氏の様な露出は研究の行方がどうなっているか、気になるところですが。

 現実問題、研究者というのは普通に子供の親であったり、夫や妻であったりするわけで、癖はありますが、定職にあれば普通に給与所得者です。ただ、視点と専門が一般的な給与所得者とは違うところがあり、また、研究することをとても楽しんでいる人たちです。
 こういう楽しみをもっと一般の方に知って欲しいな、というのは強く思う所であり、ぼちぼちたまってきた経験を使って本を書かねば、と思っています。それが本当に自分に向いているかどうか、は分からないので、先ずは書くことかと思っています。

M氏 #- | URL | 2017/12/22 18:24 | edit

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