なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学の物質循環研究者の日常~
あと3時間弱で飛行機の搭乗時間になる。なんだか時差ボケになりに来たか?と思えないでもなかったが、会議自体は沈没しながらも、なかなか身のある学会だったと思う。そして、これほどまでに企業が集まった研究集会、というのもなかなかないな、と思わせるものがあった。ビジネスマッチングあったり、畜産廃棄物処理にたくさん技術や環境汚濁への考え方の違いが、欧州と日本でここまで違うか?とも思った。基本、畜産は生産量と収益さあれば、家畜排せつ物法ですべてが解決したと決定するおめでたい世界だ。勿論、彼らだけのサイロ(今風には、昔風には蛸壺)結の中では事実を知っていても外には絶対に口に出さないというなかなか面白い輩たちである。欧州に国際水準があるとは思わないが、こういう場所に出て考えてみろ、と言いたくなるのだが、現実問題この辺を扱うのが多元素を扱う資源管理人の自分が火(禍)中の栗を拾うことになるのだが。

 まあその辺はいいとして、日本では農学がトップカテゴリか即応体制で利用する、というのはごく限られているように思われることが、実に強く感じられもした。ナノバブル使用、超臨界水の利用、或いはバイオガスとその残渣をどう扱うか、というのは中々な問題じゃないかと思っていたが、その回答ももう欧州では出ている。技術的には中国でも開発済みだ。工業的技術の導入の速さは日本の比ではない。修士までの生態学を捨てて、農学の世界に入り込んだが、しばしば生態学は農学を10年遅れで付いて行ってる感があった。が、今はどうだろう?保全生態学全盛&人の手が加わらに事こそ素晴らしい的な世界であるが、多面的機能など、生態学の応用に見える。さらには非農業関係産業(例えば農業機械と農業のつかない機械)との連携はないに等しいのではないか。結果、それは保守的というより時代錯誤なほどに遅れているように見える…特に畜産の廃棄物処理分野。今回の集まりでその事実に確信は得られたし、実は20余年前に畜産が工業的なものになったなら、廃棄物も興行的に処理できないか?と話したことが、今や常識でないのは時代錯誤な畜産学とある面での農学世界である。

 欧州では「循環経済」が社会デザインの基礎になった。一方で「集約的持続性」が少なくとも土壌学の中では熱い。この二つの融合になかで、いったいどんなアジア的考えがと社会デザインが必要になるか。それはとても興味深く、自ら向かうべきところであると思うl。日本と自分につてのある韓国でどう考えるか。そしてやはり中国は必須のプレーヤーである。いったい何ができるだろうか。ちょっとわくわくする。

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【2017/11/29 19:28】 | 徒然
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