なにやら妙な研究してる・そういう噂~環境科学&農生態学系物質循環研究者の日常~
 どういう按配だか、大抵夜中に目を覚ましてそのまま寝付けず暫くおきているということがかなりある。今夜(12時を回っていたので)もそうだった。パッチリ目覚めていたわけではないが、何気におきて、ネットを見て、ふと論文のことを考えた。

 意外と冷静に、ストーリ立てて行った時に必要となるであろう図表、式を考えてどんどんノートに書いてゆく。昨日昼の段階から、最初は4つくらいの表で何とかなるかと思っていたが、連作ではなく完結した論文にするならとなんだかんだ書き続けたら7-8枚の表が必要じゃないか、と言うことになった。しかも一枚は半ページ食う大きなものだ。式の数も10本、図は7枚、内一枚はカラー。
 以前、書いてみれば、まあこれくらい、と言う長さになるなんて書いたけど、今回は図表の量ゆえにどう考えても長すぎる論文になる。Over pagesで掲載料を余分に取られるのはいいとして、これじゃあ読もうという人、それ以前に査読者が気の毒だ。

 夜中に書いた手紙、とくにラブレターは注意したほうがいい、発想が恥ずかしいほどイッてるから。書くなら昼間だ、と、もう四半世紀以上前に深夜放送のラジオで言ってた。その頃は文藝部だったので真夜中に小説を書いていたけど、そういう文書は多少イッてたほうがノリがいい。ラブレターは無いが、文通相手はそういう私の拙作を知っている人だったから、夜に書いてもどうと言うことはなかったし、ラブレターじゃなかったから、どうでもいいのだが。

 今夜ノートに書いたことは、冷静な筈の昼に再度調べて検討するのは勿論だ。第一、付け足しつけたし書いたメモ書き様の代物は、そのままで後々(といって、降れば土砂降りで数日の間だろうけど)見直したときに理解できる代物ではない。
 果たしてこれが、自分で夜中に感じていたほど冷静で冴えたものだったか、それともイった状況のものだったか。新月でも満月でもないのが多少の救いかもしれない。あ、これは科学的に否定されてますか。

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【2009/03/24 08:08】 | 徒然
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パソコン通信時代より
Sa-Q
こんばんは。

「夜に書いた文章」に関しては、パソコン通信時代(笑)より、自分でも他の方の書き込みでも、何度と無く赤面ものな経験しています。

パソコン通信では一応、「一晩寝かして」から投稿、ということをしていた時期もありますが、コミュニケーションの場が Internet に移り、更に通信費の大幅ダウンで「いつでもどこでも誰でも書き込み可」になってから、「摩擦係数が下がった」というか「密度が下がった」というか、自分でも他の方の書き込みでもパソコン通信時代と比べると、文章の質が落ちてしまったような印象を持っています。

今思い返せば、パソコン通信では「敷居が少し高い」環境によって、ある種のフィルタリングがかかっていたため、「良貨」の比率が高かった、のかもしれません。


小野寺, M. S.
 論文とかは一晩と言うより一旦忘れるまで寝かせたほうがいい、と言うのですが、私の頭の中もかなりファスト化しているようで、イカンな、と思ったりします。
 この傾向も、出稿がWebから出稿になったときにずいぶんと進んだと思います。紙媒体で出していた時は、資源を無駄遣いしたこともありましたが、意外と打ち出し一日がいいクールダウンの時間だったりしたものです。
 こういう時間を上手く持つのがInternetのRealtime時代には重要なのでしょう。ネットはまさに悪貨の世界ですから。「ブログ論壇の誕生」(文春新書)には、石がなければ玉は無いとかありましたが、それは違うでしょ、と思うのです。丁度、Wire serviceとは別にJournalismが存在するように。この件の類似例は「軍事研究」誌の編集者コラムにもありました。同誌は速報性より考察を重視すると言っています。実際、執筆陣により、読ませる話が多いです。

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